天才作曲家・筒美京平さんの息子ゼンタさんはどんな人?幻のゲーム音楽とは?【NHKスペシャル】




12月31日放送の【NHKスペシャル】で

今年10月に亡くなった天才作曲家・筒美

京平さんが特集されました♪

裏方に徹する天才作曲家について調べると、

息子さんや幻のゲーム音楽などが出てきて

気になり調べてみました♪

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筒美京平さんのプロフィール

名前  : 筒美 京平(つつみ きょうへい)

本名  : 渡辺 栄吉(わたなべ えいきち)

生没年 : 1940年5月28日- 2020年10月7日(享年80歳)

出身地 :  東京府東京市牛込区(現:東京都新宿区)

学歴  : 青山学院大学経済学部卒業

職業  : 作曲家、編曲家

所属  : 筒美音楽事務所代表(神奈川県逗子市所在)

略歴  : 幼稚園児からピアノを始める。青山学院初等部・

青山学院中等部・高等部を経て青山学院大学経済学部卒業。

大学在学時はジャズに打ち込み、大野雄二とも面識があった。

大学卒業後の1963年に日本グラモフォン(後のユニバーサル

ミュージック)に入社。洋楽担当ディレクターとして勤務する

傍ら、大学の先輩である作詞家の橋本淳に勧められ、

すぎやまこういちに師事し作編曲を学ぶ。

1966年、「黄色いレモン」(藤浩一ほか、競作)で

作曲家デビュー。1967年から専業作家となる。

ペンネームは鼓(つづみ)が平らに響くという

意味から「鼓響平」を考えていたが、文字を

左右対称にするために「筒美京平」とした。

1968年12月に発売されたいしだあゆみの

「ブルー・ライト・ヨコハマ」の自身作曲初の

オリコンセラー以降、数々のヒット曲を世に

送り出す。

2020年10月7日、誤嚥性肺炎のため死去。

引用:Wikipedia

数々の名曲を送り出している筒美さんですが、

やはり最初のヒットのブルーライトヨコハマは

印象的ですね♪

更には筒美さんといえばこれ♪

サザエさんは1969年から歌われていますが、

いまだにサザエさんといえばこの曲ですので

それだけの存在感を残すのは凄いことですね♪

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筒美京平さんの息子ゼンタさんはどんな人?

筒美京平さんの歌にビューティフルヨコハマ

という曲があります♪

この歌詞の中に、『踊り上手なハルオに

ゼンタ~♪』(1:31~)とありますが、

これは、作詞した橋本淳さんの息子さんの

ハルオ君で、作曲をした筒美京平さんの

息子さんのゼンタ君のことを歌詞にした

そうです♪

この曲は1970年の発表なのでそれ以前に、

ゼンタ君は生まれており、仮に踊りを踊る

年齢が5歳だとしたら、現在ゲンタさんは

55歳ほどで、どんな方か気になりますが、

家庭のことを多く語らない筒美さんなので、

写真などは見つかりませんでした…

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幻のゲーム音楽とは?

数多くのJ-POPや歌謡曲、アニソンとしての

名曲の数々は周知の通りですが、実はゲーム

音楽もごくわずかに手掛けており、その中でも

名曲といわれているのがコチラ♪

1994年にエニックス(現スクウェア・

エニックス)から発売されたスーパー

ファミコン用ボードゲームいただき

ストリート2~ネオンサインはバラ色に~

中の「サテンの向こう側」という曲です♪

スーファミゲームで使用されるには

贅沢過ぎるほど、オシャレでポップで、

どこか寂しさも漂わせる名曲といわれています♪

どうやらこのお仕事のきっかけはこの曲を

手掛けた方…

そうです、筒美さんの師匠・すぎやま

こういちさんドラゴンクエストに携わった

事が縁で行った仕事だったそうです♪

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まとめ

作曲家として裏方に徹することで、自身の

情報を前に出さず、メディアに出ることも

極端に少ない天才作曲家・筒美京平さんは、

息子さんの名前がゲンタということ以外は

分かりませんでした…

そして幻のゲーム音楽、『サテンの向こう

側へ』は、他の名曲と共に、後世に残って

いくことでしょう♪

最後までご覧頂き、ありがとうございました!

稀代の天才陶芸家・加守田章二さんの記事はコチラ♪

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