皇室ジャーナリスト・渡邊みどりさんを変えた人物とは?!家族は?【爆報!THE フライデー】




11月28日のTBS系【爆報!THE フライデー】に、

皇室ジャーナリスト・渡邊みどりさんが登場します。

その家族と皇室ジャーナリストを意識させた人物に

ついて調査をしました!

スポンサードリンク

プロフィール・略歴

名前   : 渡邉 みどり(わたなべ みどり)

生年月日 : 1934年(現在85歳)

出身地  : 東京府(現在の東京都)

職業   : 皇室ジャーナリスト、文化女子大学客員教授、

元・日本テレビ放送網報道局エグゼクティブ・プロデューサー

略歴   : 戦時中は秋田県へ疎開していたが、戦後、東京女学館中学校・

高等学校に進学。文化祭で原爆展を企画したことを学校から

咎められ、東京都立城南高等学校に転校した。

早稲田大学へ進学後、1958年に日本テレビ放送網へ就職

1959年の皇太子(現上皇)成婚記念パレードの放送を機に

皇室放送に携わるようになる。

1990年に日本テレビ退職後も、フリーとして

皇室ジャーナリストと活動を続けている

出典 : Wikipedia

スポンサードリンク

実は○○で苦労した人生。結婚は?家族は?

その出生は、政治家・古屋亨氏の私生児(隠し子)でした。

当時としては片親という事は世間的に風当たりは相当強かった

ことでしょう…

結婚を望んだお母様は、結局は手切れ金のみで望みは叶わ

なかったものの、看護師であった事で【渡邊看護婦会】という

看護婦の紹介所をビジネスを立ち上げ、女手一つで大学まで

渡邊さんを支えるのでした♪

渡邊さんもお母様の跡を継ぐため看護の道も考えたそうですが、

同じ道もつまらないと、色々なことを後押しして大学に行かせる

なんて、素晴らしいお母様ですね☆

当時、女性ジャーナリストなんて殆どおらず、白い目で見られても

お母様は支えてくれたそうです☆

忙しい仕事中でも、渡邊さんはご結婚をされています。しかし、

2度流産を経験し、子供に恵まれなかったそうですし、仕事に

一人で集中したいと、結婚10年で離婚をされてからは独身との

ことです。

スポンサードリンク

人生を変え、皇室を意識するきっかけは〇〇だった??

人生をかけて皇室ジャーナリストとして活動されている渡邊さんは、

20歳の時に「成人の日」を記念して、読売新聞が懸賞論文

「はたちのねがい」を全国的に募集した事がありました。その際に、

渡邊さんも応募し3次選考で落選しました。それだけだったら何てこと

なかったのですが、そこで衝撃の出会いがあります。後日新聞に、

2位入選、聖心女子大学の正田美智子さんは、賞金2千円を

恵まれない人への社会事業と、聖心の奨学資金に寄付』と報じました。

渡邊さんはその時、賞金を取ったらスキー旅行へ行こうと思っていた

そうで、これを見て自分を恥じたそうです。

更にこの3年後、史上初の民間出身の皇太子妃が発表された時、あの時

2位を受賞した正田美智子さんだと知り、人生を変わります。

そこから皇室ジャーナリストとして、様々な切り口で発信をされていく

事になるので♪

スポンサードリンク

まとめ

皇室ジャーナリストとして歩み始めて60年経った

渡邊みどりさん。美智子様と共に歩んだ報道の道も

怪我や体調と戦いながらも現役を貫かれる、凄い方

です♪

最後までご覧頂き、ありがとうございました!

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする